若女将交友録その41・山本剛様 w/ 大隅寿男様・香川裕史様

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なんとなんと相川紋兵衛坂(あいかわもんぺいざか)とは...

ゴールドラッシュで栄えた相川は,金山から海の方へ向かって町が作られていきました.ですから相川は「坂の町」と言えましょう.

実はわたくし幼少のみぎり,両親や祖父母が住まいする相川羽田町の吾妻旅館とは別の場所におりました.それが“紋兵衛坂の家”であります.私たち三姉妹だけが,当時まだまだ若かった客室担当のお姉さん方と一緒に通称“上のウチ”に暮らしておったのでございます.

その紋兵衛坂には,粋なおにいさんやおねえさんが夜な夜な着飾って出没する「ダンスホール」がありました.今で言う「ディスコ」いやそりゃちょっと古過ぎさしずめ「クラブ」,あの入り口の石段のたかだか二段が「大人への階段」と言いましょうか,わたくしら子供たちには踏み入ることが出来ない,でも怒られてでもいいから覗いてみたい何か特別な空気感がそこには漂っておりました.

とにかく相川はとってもモダンな土地柄だったのでございます.

前置きが長くなりましたが,その相川紋兵衛坂で生を受けたのがジャズ界の“レジェンド”山本剛様なのでございます.父上のお仕事の関係で生後まもなく新潟に渡りますが,「小学校の頃は夏休み帳を持っておばあちゃん家によく遊びに来てましたよ」と山本氏.「坂の途中にダンスホールがあってねぇ〜」

わーーーーっ,わたしもその時代知ってます!!!と,かすかな記憶が脳内で渦巻き,あのダンスホールの幻影へと一直線に進んで参ります.世界的なジャズピアニストである山本さんの音楽の原点はきっとあのモダンで不思議な佇まいのダンスホールに違いないわと勝手に想像してみたのでございました.

音楽といえば,佐渡おけさの村田文三で育ったわたくし,自慢ではございませんがジャズのことはとーんと分かりません.しかし,手を伸ばせば届きそうなぐらい間近で聴くその臨場感,「この気持ちよさと楽しさは何?」という不思議な感覚,そして会場のお客様のノリノリな様子と歓声,それらをきっと忘れることはないでしょう.「世界の一流ちゅうもんはグルーヴがじぇんじぇん違うんじゃ」と知ったかぶって(菅原文太ちょっと入りつつ)宿六は申しておりました.

翌日の両津会館大ホールでのコンサートも大変盛況でございました.ドラムスの大隅寿男様,ベースの香川裕史様,そして山本剛様,息のピッタリ合った素晴らしい演奏をありがとうございました.次回も楽しみにしております.

また今回のご縁を取り持ってくだすった,佐渡高校の同級生にして工務店の社長,いまや音楽のプロモーターとしてもその名を馳せる猪羽氏にも感謝感謝です.ご子息ヒカリ君との「親子競演」もステキでしたよ.

因みに「あのダンスホール,ウチのおばあちゃんの実家がやっとったんだわ」と,観客のひとりになっていた同じく同級生の相川郵便局長.もー,全部身近なところで話が完結してるしー!不思議なご縁が取り持つとてもステキな「山本剛トリオ故郷相川凱旋ライブ」でした.

★これがダンスホール跡地!
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★地図(吾妻→相川紋兵衛坂ダンスホール跡地)

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【参考】緑の夕べ・その21「山本剛トリオ故郷相川凱旋ライブ」

★The Tsuyoshi Yamamoto Trio – “Cheek To Cheek”

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